防災情報新聞
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〈平井雅也の新・備蓄食 No.3〉 人類の発展は非常食(備蓄食)と共にあった
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セイエンタプライズ・平井雅也社長

平井雅也さん。平井さんが社長を務めるセイエンタプライ
ズ社は創業者である現会長によっていまから30年以上前
の1978年に創業された。当時、今日の地震防災の原点と
なる“東海地震説”が発表(1976年)されてはいたものの、
災害に備えて食糧備蓄を考える人はまずいなかった時代。
まさにわが国の危機管理の先駆者だった。「備蓄食で命が
保証されるわけではありませんが、災害時に食事の心配を
しなくて済むように、皆様に百年の計の安心をお届けしたい
と思っています」と語る平井社長(写真はクリックで拡大)

 世界最大規模のフリーズドライ食品メーカーである米国のオレゴンフリーズドライ社が開発・製造する「25年備蓄のサバイバルフーズ」――超長期保存が可能なおいしい備蓄食です。その「サバイバルフーズ」の国内総販売元である株式会社セイエンタプライズ(東京都千代田区)代表取締役・平井雅也さんからの寄稿第3回(第1回・第2回寄稿へのリンクは文末参照)――
 今回は、「人類の発展と非常食(備蓄食)」について考えます。(編集部)
 
(以下、文=平井雅也さん)
 
■備蓄(食料の確保)をして初めて、
ヒトは“頭”を使うようになった

 
 災害時の非常食は、非日常時に食べる食事ですから「非日常食」とも言えます。非日常とは、日常の延長線上にあるもので、(災害が発生した)ある時ある瞬間から突然始まることになります。ですから、非日常と日常を区別することは本来ナンセンスであり、普段から食べることができる「美味しい備蓄食」が求められています。
 
 これまで2回にわたって、どんな非常食が必要であるのかを、「米国での体験」や「おいしさの意味」としてお話させていただきました。今回は、少々肩の力を抜いて、非常食(備蓄食)そのものの歴史的意義を、スー・シェパード著「保存食品開発物語」(右下写真参照)を中心にご紹介しながら考えてみます。

『保存食品開発物語』(文春文庫)

スー・シェパード著・赤根洋子訳『保存
食品開発物語』(文春文庫、定価840円
・税込み)。原題:PICKLED, POTTED
AND CANNED(写真はクリックで拡大)

 結論から申しますと「人類の発展は非常食(備蓄食)と共にあった」と言えます。
 
 人類が誕生したかどうかという歴史以前の約500万年前〜400万年前の頃、アフリカの地にあった我々の祖先にとっては食糧を獲得することが生きることでした。彼らは手を使用し、道具を作り、集団で狩猟をすることによって他の動物よりも優位に立っていきます。やがて食糧(他の動物や植物)を求めて移動が始まります。
 今から200万年〜100万年ほど前には、人類はアフリカを離れて遠く中国大陸にまで現れます。当時の人類には、まだ「非常食(備蓄の思想)」はありませんでした。
 狩猟採集生活が始まったのは約3万年前、この頃になると、一定の地域を移動しながら資源の再生を待つ生活が始まります。ですが、まだ環境に合わせて受動的な生活をしていたので、より能動的に自然をコントロールする(農耕や放牧・牧畜)生活は始まっていません。
 
 種を撒くのではなく、自分たちに都合の良い雑草(栗やどんぐり)が育ちやすいように他の草を刈り取るなどの半農耕が始まったのが、今から約1万2千年前と言われます。この頃、文明や集落が生まれてきます。より多く食糧を確保した者が群れのリーダーとなり、より効率的に群れで食糧を採集し、保存して食糧のない時に備えます。
 
 このように1年を通して安定して食料を確保することができるようになって初めて、人類は頭脳をより高度な精神活動に使用することができるようになりました。季節を越えて食糧を保存すること、より長く保存できる食糧(非常食)を生産することなどを考えられるようになったのです。
 たとえば、米、麦、トウモロコシは、三大穀物と言われます。一粒のタネから多くの実を収穫でき(収穫の効率が高く)、比較的長く保存が出来るために、農耕生活の主役となったと考えられます。そしてこれらの穀類は、非常食(備蓄の思想)であったと言えます。
 
■「Tタイプ」人間が、人類の生活範囲を切り開く
 
 ところで、食品を長期保存するには、どうしたらよいのでしょうか。
 ニュートンが地球の重力を発見するより以前、誰もが経験的に重力の存在を知っていました。それと同じように、食品を空気にさらしていると腐ることは、経験的に知られていました。つまり、腐敗を防ぎ、酸敗を防げばよいことはわかっていました。腐敗が、食品中の微生物の繁殖であり、酸敗が酸素による酸化であると分かったのは、ほんの100年前、レーウェンフックが手製の顕微鏡で微生物を初めて観察し、パスツールが空気中の微生物が食品を腐敗させることを発見する19世紀のことです。
 
 それより以前から、我々の先祖は、乾燥、塩蔵、酢漬け、発酵、濃縮等の方法を開発し、あらゆる食料の保存方法を試行錯誤してきました。微生物である酵母や細菌を使って発酵食品を作り、保存し、その変化した風味をときには楽しんでいました。
 このような保存食品の開発(トライアンドエラー)自体が、科学の発展を促し、人類のさらなる発展に繫がっていると言えます。

Tタイプとは……

登山家のような“Tタイプパーソナリティ”が、人類の生存
可能範囲(生活圏)を広げる(写真はクリックで拡大)

 保存食(非常食)の人類への重要な貢献を考える上で、忘れてはならないのが、「Tタイプ」と言う人たちです。彼らは、Thrill Seeking Personality といって、命を危険にさらすことで生きている実感を得ることができる人間です。
 例えば、過去にエベレストに登頂した人は2,600人、その内200人は何らかの事故で亡くなっています。かなりの高確率で死者が出る危険な登山にもかかわらず、いまだに登頂者は減りません。
 深海にもぐる人、砂漠を横断する人、前人未到の大地を旅行する人。彼らはスリルを楽しむために死を恐れませんが、自暴自棄ではありません。そこには、周到な準備があります。つまり、長期保存食の準備です。
 
 人間は本質的には旅行好き(移動好き)です。一方で安全に対しても敏感です(生存を脅かすような旅行はしません)。262の法則をご存知でしょうか。組織マネジメントの法則の一つで、ある集団がいたら、その内2割が高い生産性を上げ、6割が中位の、そして残り2割の生産性は低くなるというものです。これは旅行好きの人類にも当てはめることができます。
 つまり、ある集団の2割はすぐに移動を開始します(アーリーアダプター)が、6割は先の2割の行動を見て安全を確認してから移動をします(フォロワー)、そして残りの2割は絶対に移動をしません。このアーリーアダプターの中に、一定の確率でTタイプが居ると思われます(2割のさらに2割のさらに……)。
 人類の移動(生活範囲の拡大)は、彼らTタイプが安全を確認することで可能となりました。先史時代にはアフリカ大陸から中国大陸までの大移動、歴史以後は、文明や文化の交流、交易に貢献し、現在では地球を離れて宇宙にまで進出しています。
 
■保存食の開発で宇宙が人類の生活圏に
 
 Tタイプの活躍と非常食の発展を、具体的に見てみましょう。例えば、紀元前8世紀から始まるローマは、共和制から帝政への移行後も領土を拡大し、紀元117年〜138年第14代皇帝ハドリアヌス時に最大版図を達成します。蛮族が住むと言われる地へ領土を拡大していったローマ軍団の指揮官たちは、まぎれもなくTタイプです。そして、その強力な軍事力は、非常食によって支えられていました。
 
 ガルムといわれる魚醤(魚を発酵させて作ったそうです。似たものにタイのナンプラー、日本のショッツル、ベトナムのニュクマムなど)と、プッセルラトゥムという乾パンがローマ軍の行軍を支えました。後者は後にビスケット(「二度焼かれた」との語源)と呼ばれ、イタリアではビスコッティ、スペインではビスキュイとなり、軍隊の糧食の中心をなします。
 
 東は中国から西はローマまでの広い版図を自由に行動し、中世期に中国からヨーロッパに至る大帝国を築いたモンゴルは遊牧民でした。蒼き狼チンギスハンとその息子たち、フン族の王アッチラ、彼らもまたTタイプです。彼らは乳の入った皮袋を役畜に背負わせて運び、脂肪を分離してバターという保存食を作りました。
 
 西洋の歴史で非常食が活躍した時代といえば、大航海時代です。乾パンや塩漬けの肉や魚、バターなどが船上の食事として活躍しました。マゼランやバスコダガマ、コロンブスやクック船長たちの活躍も非常食のおかげです。
 海上交通の発達によって、海路の重要性が増すと、何カ月も続く塩漬け肉と乾パンだけの生活で壊血病(ビタミンCの不足)を患う船員が多く出て問題となりました。その解決(塩漬けでない、より新鮮な肉や野菜の保存方法)のための新しい保存食の開発競争は、18世紀にフランスのプロの料理人ニコラアペールによる缶詰の発明を促します。
 理想的な非常食(保存食)の発明により、健康な兵士を大量に運べるようになり、海上の覇権争いや植民地主義が助長されました。その結果が世界大戦です。
 
 その後も科学は進歩し、冷凍食品が開発され家庭用冷蔵庫や冷凍庫の普及により各家庭での食糧保存ができるようになりました。さらに技術は進み、フリーズドライ食品の開発により、宇宙飛行士(Tタイプ)は、宇宙空間でも普段と変わらない食事(非常食)を摂れるようになりました。
 
 人類は、非常食を得て(通年の食糧を確保したことにより)、常時食糧を探すだけの生活から解放されるのと同時に、高度な精神活動が可能となりました。科学を発達させて、科学の知見を利用して保存食の開発をすることで、さらなる発展をしてきました。
 そして非常食を得て、地理的な行動範囲を拡大し、生活圏は広がり、文化的な交流がさかんとなりました。宇宙が人類の生活圏になるのもそう遠い先のことではないでしょう。
 
 そうです、「人類の発展は非常食(備蓄食)と共にあった」のです。
 さて、非常食は、我々人類を今度はどこに連れて行ってくれるのでしょうか?
 
 
▼参考文献
『保存食品開発物語』:スー・シェパード著・赤根洋子訳(文春文庫)
『食べるって何?』:原田信男著(ちくまプリマー新書)
『人はなぜ危険に近づくのか』:広瀬弘忠著(講談社+α新書)
 
▼記事関連リンク:
〈平井雅也の新・備蓄食 No.1〉 食の備蓄はフルコースで 米国式発想に学ぶ
〈平井雅也の新・備蓄食 No.2〉 食は“Happy”のもと。おいしく豊かな備蓄食を考える
セイエンタプライズ・ホームページ
 
〈2010.4.8.〉

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