防災情報新聞
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〈平井雅也の新・備蓄食 No.4〉 美味しい備蓄食
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セイエンタプライズ・平井雅也社長

平井雅也さん。平井さんが社長を務めるセイエンタプライ
ズ社は創業者である現会長によっていまから30年以上前
の1978年に創業された。当時、今日の地震防災の原点と
なる“東海地震説”が発表(1976年)されてはいたものの、
災害に備えて食糧備蓄を考える人はまずいなかった時代。
まさにわが国の危機管理の先駆者だった。「備蓄食で命が
保証されるわけではありませんが、災害時に食事の心配を
しなくて済むように、皆様に百年の計の安心をお届けしたい
と思っています」と語る平井社長(写真はクリックで拡大)

 世界最大規模のフリーズドライ食品メーカーである米国のオレゴンフリーズドライ社が開発・製造する「25年備蓄のサバイバルフーズ」――超長期保存が可能なおいしい備蓄食です。その「サバイバルフーズ」の国内総販売元である株式会社セイエンタプライズ(東京都千代田区)代表取締役・平井雅也さんからの寄稿第4回(第1回・第2回・第3回寄稿へのリンクは文末参照)――
 今回は、「美味しい備蓄食」について考えます。(編集部)

  (以下、文=平井雅也さん)

■「非常食」と「備蓄食」とのちがいは?

 災害時の非常食は、非日常時に食べる食事ですから「非日常食」とも言えます。
 非日常とは、日常の延長線上にあるもので、(災害が発生した)ある時ある瞬間から突然始まることになります。
 ですから、非日常と日常を区別することは本来ナンセンスであり、普段から食べる事ができる「美味しい備蓄食」が求められています。

 さて、備蓄食とは何でしょう?

 私は、10年保存できて初めて「備蓄食」と呼び、それ以下の保存性能では「非常食」と分けて考えています。当社の製品ラベルには「おいしい備蓄食」と記載されています。口頭で商品を紹介する際に、「25年保存の非常食です」と説明することもありますが、本当は「備蓄食」なのです。確かに、「非常食」も「備蓄食」も、非常時に使用するものですから、どちらの言葉でも同じです。しかし、あえて備蓄食と呼ぶ場合には、10年を超える保存性能に加えて、非常食とはやや異なる意味合いがあります。「備蓄食」とは、備え蓄える食事であり、未来の危機に対して生存する(Survive)強い意思(主体性)をもった言葉です。
 一方で、非常食には、自分ではコントロールできない、客観的な災害観が前提にあります。あるときある瞬間に起こる事態に対して対処する食事。つまり、備蓄食は積極的で、非常食は受身的です。ですから、主体的に災害対策に取り組んでいく強い意思をこめて、「非常食」といわずに、あえて「備蓄食」と言いたいのです。

 このような考え方が、本来の防災のあり方なのではないでしょうか。防災で言われる自助・互助(共助・協働)・公助、このうち自助とは「自らを助けること」です。自分の身は自分で守る、当たり前といえばそれまでですが、では具体的に何をすれば良いのでしょうか? そのヒントは、ボーイスカウトのモットーである「Be Prepared(備えよ:B-P)」にあります。
 ボーイスカウトは、イギリス軍を退役したロバート・ベーデン=パウエル卿(頭文字のB-Pの愛称で親しまれた人物)が、母国の行く末を懸念し、将来を担う青少年たちの健全育成を目指して1907年に創設された青少年運動です。ボーイスカウトは、青少年の自立心を養う運動、つまりは、”Help Yourself” 自助を育てる運動です。
 B-Pとは、常に備えることで人生を楽しく、悔いなく、常にベストを尽くせる状態にすること―――と米国のボーイスカウト連盟のホームページにこのモットーの意味が記載されています。人生を楽しく過ごすために、また、例え災害が起こったとしても通過点として悔いなく過ごすためには、常にベストを尽くせるように備えることが重要なのだとB-Pは言っています。(http://www.usscouts.org/advance/boyscout/bsmotto.asp
 ここでは、食糧に絞って、備えるということを考えて行きたいと思います。

■二宮尊徳翁、上杉鷹山公の思想

 スイス政府が国民に配布していた冊子「民間防衛」には、一人当たり90食分(1カ月分)の食糧備蓄が推奨されています。この考え方に共鳴して、当社では創業以来「一人90食の備蓄を」をスローガンとして、食糧危機対策をうったえてきました。ヨーロッパの歴史の中で、大国に囲まれた小国スイスが、現在まで国家として存続していられるのは、国民一人ひとりの強い意思であり、常に侵略される(災害に遭う)可能性に備えていたからだと、「民間防衛」は教えてくれます。
 
 また、古代中国の礼記(らいき)「王制篇」には、「國無九年之蓄。曰不足。無六年之蓄。曰急。無三年之蓄。曰國非其國也」とあり、「国に九年の備蓄が無ければ不足であり、三年の備蓄も無ければ国では無い」と書かれています。その国に暮らす民も同じで、三年間耕作して一年間の備蓄をし、三十年で九年分を蓄えれば、たとえ凶作・旱魃・洪水にあっても大丈夫だ・・・と続きます。
 当たり前の話ですが、食糧安全保障対策が無い国は問題だよ、と中国故事は教えているのです。
 
 天保の飢饉の時に、家老から民の救済策を訊かれた二宮尊徳(翁)は、礼記のこの訓示を引用して、普段からの備えを怠った藩政を厳しく諌めています(報徳記:二宮先生は「礼経に『国に三年の貯えなきは国その国に非ず』という。たかが一年の飢饉に国民を飢渇に陥らせるのは、君主も家老も任を達していないからだ」と厳しくたしなめられ、「このような人物が私の門前に来るのを欲しない。何のために面会しようか。」と戒められた)。
 二宮尊徳の知行地下野国桜町領(栃木県旧二ノ宮町周辺)の3村では、備蓄の稗(ひえ)を食べることで一人の餓死者も出さなかったといいます。

上杉鷹山公の肖像画

鷹山公は、天明3年の凶作以来藩医に命じて「かても
の」の研究を進めたと言われ、その成果を版木におこ
して領内に配布しました。

 さらに、米沢藩の財政危機を救ったといわれる救国の英雄上杉鷹山公は、米沢藩重臣莅戸善政(のぞき よしまさ、大華)に命じて「かてもの」と言う救荒食の本を編纂させています。その冒頭には、「豊かなるけふ(今日)より、万々一の日の心がけいたすべく候」と書かれています。鷹山公は、天明の飢饉での経験から、一人の餓死者も出さないために、まさに「備える」との思想を残そうとしました。この後50年後の天保の飢饉では、米沢に餓死者は出なかったといいます。
 
 余談ですが、「かてもの」は、食糧の保存の仕方や、食糧となる身の回りの草木を紹介しています。米沢出身の私の母に、「米沢で生垣に使われるウコギは食べられる」と聞かされたことがあります。「かてもの」の思想は現代にも活きているようです。
 そういえば、今でこそ珍しくはありませんが、「もってのほか」と言う淡い紫色の「菊の花」をおひたしにして食べていますと、30年前にはずいぶんと珍しがられたものでした。わざわざ好んで花を食べなくてもよいと思いますから、きっとこれも救荒食だったのだろうと思います。そして「もってのほか」は、山形県の名産品です。

■失われつつある「備える」という思想

 閑話休題。中国の古代から日本の歴史、さらにヨーロッパの現在まで、発想のポイントは、普段から常に意識して「備える」ということです。我々に必要なのは、実は非常食ではなく備蓄食なのです。もっと言えば、備えるという考え方です。

 現代の我々の生活は大変便利になり、かつて食糧を得る=生きることだったのを忘れてしまっていないでしょうか。2,000年以前から続くキリスト教のお祈りの中にも、”Give us today our daily bread” (我等【われら】の日用の糧【かて】を今日も与えたまえ)とあるように、その日の食糧を獲得することは、人類最大の関心事でした。ですから、不安定な食糧供給を改善し安定を図るために、保存食品が開発されてきました。

 やがて食品の保存技術の発達にともない、決められた時期(時間)に決められた産地(空間)でしか食べられなかった食材を遠くまで運ぶことが出来るようになりました。食品の保存技術と交通網の発達のおかげで、時間と空間の壁が越えられたことにより、「食」はビジネスとなりました(この時、技術という手段そのものが目的に変わりました)。すると今度は、「より新鮮に」「より早く」運ぶ競争が始まりました。ボジョレ地域のその年に出来たヌーボーワインを、最初にイギリスで楽しむのは誰か、などという遊びがエスカレートして、解禁日にフランスから世界へ空輸されるようになったボジョレヌーボーもその一例です。
 あらゆる食材・食品が、「より新鮮に」「より早く」「より遠くへ」運ばれることが当たり前になりました。気がつけば、玄関からわずか数百メートル先のコンビニエンス・ストアに、世界中で収穫された食材が並べられています。このようにして現代に住む我々は、日用の糧を得ることに困らなくなりました。
 
 フードマイレイジと言う言葉を聞いたことがあるかもしれません。食品を地産地消しないで、遠くまで輸送して使用する時に、その距離(マイル)を環境に掛けたコスト(負荷)として計算する考え方です。フードマイレイジの考え方をすることで、実際には多くの石油エネルギーが消費されている(高額な輸送コストが支払われている)ことが理解できます。
 すると食糧自給率の非常に低い(41%)日本で、新鮮な食品をお腹いっぱい食べられるのは偶然であり、どこかに無理があるように見えてなりません。たまたま経済的に豊かであり、コストを気にせずに高度に発達した輸送システムを使用できるから、我々は今、食べることに困らないに過ぎないのです。
 目の前に当たり前のように食材が並ぶ環境に生活しているために、いかに自分たちが恵まれているのかが分からなくなっています。足りない食材は、コンビニに買いに行けば良いのですから。こうして危機意識は失われ、家庭から食糧備蓄が閉め出されていきます。ビジネスと同じように効率化を優先し、備えるスペースさえ、無駄だと考えるようになっています。

おいしい備蓄食

製品名『サバイバルフーズ』の下に、『美味しい備蓄食』
と記されている

 かつて、冬支度のためにご近所が集まって保存食を作ったり、分け合ったりしていたことを、我々は忘れてしまいました。わずか170年前に、飢饉のために餓死者が出ていたことなど、憶えているはずもありません。食糧は有り余るほど目の前にあるので、食糧がなくなる可能性など考えられません。気がつけば、「備える」という思想そのものが失われつつあります。

■自助こそ防災の原点

 防災の礎はまず個人が意識することから始まります。自助こそ防災の原点です。互助(共助・協働)も公助もその後に続きます。そして自助とは備えることです。かつて備える目的で発達した技術が、いつの間にか経済効率を優先するようになり、手段が目的にとって替わってしまいました。
 現在、奇しくも、われわれは日々の食糧に困らない生活を送っています。ですが、必ずしも明日が約束されてはいないのです。

 実は、先ほど序文を紹介した「かてもの」には、あとがきがあります。日常の中に突然訪れた非日常(食糧の不足)を経験した我々の先祖は、「今の豊かなる日に能く能く心得させよとの御事に候条、油断すべからざるもの也。」と締めくくります。
 今が豊かだからこそ忘れてしまいがちになる備蓄、決して油断してはいけません。
 
▼記事関連リンク:
〈平井雅也の新・備蓄食 No.1〉 食の備蓄はフルコースで 米国式発想に学ぶ
〈平井雅也の新・備蓄食 No.2〉 食は“Happy”のもと。おいしく豊かな備蓄食を考える
〈平井雅也の新・備蓄食 No.3〉 人類の発展は非常食(備蓄食)と共にあった
セイエンタプライズ・ホームページ
 
〈2010.5.31.〉

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